書評: 『数理科学』2月号、サイエンス社

[行動計量学シリーズ]10

『言語の科学---日本語の起源をたずねる』

(安本美典著、A5版、224ページ、定価3708円、朝倉書店、1995)

郡司 隆男 (大阪大学)


本書は人文科学・社会科学・自然科学にまたがる学際的な[行動計量学シリー ズ]の一冊である。対象が言語である本としては、その統計的な研究という側 面にしぼった、他に類を見ない書であり、また、統計に関する本として見ても、 その対象を言語にしぼったという点からユニークなものであると言えるだろう。

『言語の科学』という書名そのものは、音響音声学や計算言語学など様々な研 究を意味し得るが、著者はそのような誤解を避けるためか、第1章に先立つ序 章の中で、「この本のテーマを比較言語学にしぼる」と(節のタイトルとして も)明言している。実際、統計とか計量という操作を踏まえた上での研究を最 も活用しているのは、言語学の中では比較言語学だろう。他に計量が有効な分 野として社会言語学(方言調査など)や書誌学などが考えられるが、後者に関 係するものとしてはこのシリーズの中に『真贋の科学---計量文献学入門』と いう別の書があるそうである。

19世紀までの言語研究においては比較言語学は言語学の中心であった。ヨーロッ パの言語を組織的に比較することによって様々な言語の関連、そして共通の起 源が明らかになったのである。そのために、すでに伝統的な職人芸、すなわち、 非計量的な方法論、が完成し、研究し尽くされているという印象すら与える。 伝統主義に立つ研究者には、したがって、計量的な方法論は敬遠される、とい うことにもなりかねない。著者も日本における「文科系の人」(p.~17)の統計 学に対する無理解を指摘している。

しかし、職人芸の欠点は、素人には偶然と本質の見極めができないことである。 反対に統計的操作の利点は、(特に今日のように機械によって計算する時 代には)素人でも全く同じ結果を得ることができるということにある。本書に よって「文科系の人」にも機械的な方法にも利点があるのだということに理解 が深まることを希望したい。

本書は、複数の言語を比較する統計的な方法について、第1章から第4章にわたっ て、技術的知識のない初心者向けに丁寧な説明が施される。いや、丁寧ではあ るが、数学を避けて暮らしてきたような「文科系の人」にはやや辛いというべ きかもしれない。何しろ、Σや nCm などの記号が、あまり詳 しく説明されずに登場するのだ。ただし、数多く出てくる数式の一つ一つを追っ ていかなくては本書の内容が理解できないというわけではないので、その点は 安心してよい。著者の言葉による主張は各章で非常に明確である。

本書の第4章までは、言語に限らず、統計による検定、相関の調査、多変量解 析などに関する一般的な入門書として読むこともできる。それを踏まえて、本 書の副題でもある日本語の起源の問題が第5章で取り上げられる。著者には、 すでに『日本語の誕生』や『日本語の成立』などの著書があるので、この新刊 でその後の研究成果が開陳されるかと期待をもたせるが、この章は1988年(本 文中の「1982年」は誤殖と思われる)の雑誌の記事に加筆したものであり、そ のことは章の冒頭にも述べられている。そこで、一つの不満は、雑誌では、ペー ジ数の制限や対象とする読者層の範囲などから省略された、具体的なデータや 分析方法を、本書に再録される段階でもう少し具体的に紹介してもらえなかっ たかということだ。本書自体にもページ数の制限はあるとは思うが、第4章ま での例がアイヌ語の諸方言を除いてはすべて印欧語であることから、第5章で は具体的な日本語のデータを示してもらいたかった。ただし、基礎語彙の選定 について論じた第7章に続く第8章で日本語の基礎語彙 500語が列挙されている ので、著者が手にしているデータの一端はうかがい知ることができる。

評者が個人的に最も興味深くかつ説得的だと思ったのは、言語年代学について 論じた第6章である。言語の変化を放射性元素の崩壊と同じモデルで捉えるこ の理論はとかく評判が悪いが、実際のデータで検証してみると、言語の「崩壊」 が一定の割合で起こるという仮定はかなり合理性のあるものであることがわか る。そして、万葉集を朝鮮語で読むというような試みに対して、日本語と朝鮮 語が同じ祖語から別れたとしても、それは万葉集の成立よりはるかに昔のこと であるという事実を言語年代学は立証してくれるという。ここにも、語呂合わ せになりかねない職人芸の危うさを機械的な方法によって補完することの効用 が示されている。